※筆者ゲーム未プレイです、ご注意、ご容赦ください


 わたしのこと、すき?


   084:汚れたわたしがこんな分不相応な願いを、望んでもいいですか
 
 たいていの街には裏がある。その街が栄えるほどに深まる闇は影のように迫ってアルヴィンを食いつくす。旅装を解いた軽装のままアルヴィンは辻を折れて裏へ入り込む。情報屋として裏も表も見てきたしこれからも見るだろう。日照条件の悪さがそのまま印象として暗鬱とさせる。饐えたような黴や腐敗した残飯の残滓。痩せた犬が前を横切り袋小路で抱擁するのは男女とは限らない。踏みつける汚水の正体も転がる人影さえも気に留めるのは無為だ。壁と同化していたと思うほど微動だにしない人間が襲い掛かってくることさえある。騙す相手の年齢など考えないし、子供ほど歳の離れた少年にカモられることもある。
 裏と表の境目をふらふらと歩きながらアルヴィンは右側に運河を見る。汚水が流し込まれるだけの運河は黒ずんで墨を流しているかのようだ。時折てらてらと煌めく藻はいつの間には発生していて茂っていく。アルヴィンはぱたぱたと襟を揺らして空気を循環させる。スカーフはおいてきた。首を覆う布地はそれだけで凶器だ。路地裏を歩くときはなるべく軽装で、捨ててもいい格好で来る。華美に飾り立てれば目をつけられるだけだし装飾品はそのまま相手の攻撃の起点になる。
「いくらだ」
唐突にかけられる声も内容さえもアルヴィンの中であっという間に構築される。
「ガキじゃねぇけどいいんだ?」
アルヴィンは正確に声の方を向く。襟を弛めるのは了承の証だ。摘発という面倒を嫌う裏界隈では髪型や化粧さえ情報源だ。仕草は符牒を呼び言葉ひとつ立てずにやり取りが成立する。
 アルヴィンの手が閃いて追い越していく男から財布をかすめ取る。現金しか無いのは当然だし身分証があっては面倒だ。手の上で弄んでいた財布を放った。すぐさま子供たちが群れて散っていく。人相はおろか体格さえ外衣で曖昧だ。背丈が低いから子供だと思ったが老人かもしれない。体の線が出るような際どい裁縫技術が必要な服を界隈のものは着ない。幅広い体格と年齢を含んだゆったりした作りの服を着るのが多い。擦り切れてもなおそれは子どもや兄弟のお下がりになっていく。男の手がアルヴィンの喉を撫でる。アルヴィンが目を眇めた。襟を緩めようと近づく男の鼻先に音さえ振り払って何かが飛来した。どん、と響くそれに、飛来物が小型のナイフであると知る。男とアルヴィンの真ん中に突き刺さる。男とアルヴィンは同時に目を向けた。全身を燃え上がる怒りで包み込んだガイアスが立っていた。髪を結び服装も質素だが纏う空気が違う。二人が目をやっても何も言わない。引き結んだ唇は明確に彼の怒りを表していて、男は怯んで逃げ去った。アルヴィンだけが残される。面倒な事になったなぁと目線を泳がせる。
 「それはお前の生計か」
ガイアスの問いの意味が判らなかった。答えないアルヴィンにガイアスは更に言い募る。お前はそういう行動で毎日の糧を得ているのかと訊いている。訊いているというには怯む恐ろしさをまとっているがアルヴィンは肩をすくめた。一房だけ垂らした前髪が揺れる。鳶色は時々日に透けて茶褐色に薄まる。飯の種は別だよ。ならばやめろ。意味が判らなかった。はぁ? それをしなければ飢えないというのであれば、それが遊びであるならば今すぐやめろと言っている。ガイアスは当然のことであると言わんばかりに言い切った。アルヴィンの内側がメラリと燃える。ゆっくりとガイアスに歩み寄りながら襟を弛める。どうせあんたもおんなじだ。だったら金払ってくれる奴に脚開くよ。
 瞬間的に膨れ上がった熱量の爆発の発露をアルヴィンは捉えきれなかった。何かが来る、と判った瞬間には平手打ちを食らっていた。ぎゃり、と硬い感触を噛んで吐いた血に白く照るものがある。舌先で歯列をなぞると奥歯が一本かけていた。頬の位置から見て打擲を直接食らった位置だ。口の中にあふれる苦い味が顔をしかめさせた。何度も唾を吐きたくなるのを嚥下する。情けないと思いながら平然とガイアスを睨みつける。裡と顔が一致しないことなどすでにアルヴィンにとっては常態だ。玉座にいるガイアスなど落ち目を味わったアルヴィンにとっては癪に障りこそすれ素直に慕う気になれない。幼いアルヴィンは後継者に望まれ、生まれて数年でその地位を奪われた。血縁のものによって。もう誰も何も信じない。表向きのアルヴィンの保護は権力の掌握と剥奪に他ならなかった。アルヴィンは生まれて数年でその価値さえ奪われた。
 「生計だろうが遊びだろうがどうでもいいだろ。おたくはお高い位置でふんぞり返ってろそれが仕事だ」
ガイアスは眉一つ動かさずに正確に同じ位置を打ち据えた。ガイアスの戦闘力の高さを見せつけられてアルヴィンはうめき声一つ出せない。言い負かされて泣くような可愛い性質ではもう無い。言葉も行動も全て偽りの時でさえアルヴィンは泣かない。泣くのはやめた。それこそそれで暮らしていけるわけでもない。アルヴィンは奪われることと奪うことに慣れて今まで生きてきた。ガイアスの紅い目が眇められる。呆れられているのかもしれないと思う。嘘と裏切りと愛想笑いがアルヴィンの全てだ。景気の良い客やカモには優しくするし駄目だと思った相手には辛辣だ。アルヴィンはそう扱われてきた。アルヴィンを切り捨てるように冷淡になった男をアルヴィンは忘れられない。
 睫毛を震わせてアルヴィンの目が伏せられる。ガイアスが矛を収めるがアルヴィンはそれにさえ気づけない。震える口元や目元は情けなさと絶望に潤んで震えた。唇を噛み締める。歯が皮膚を裂く感触さえない。ぼとぼとと頤を汚す血に気づけない。白いシャツに不規則に紅い染みができた。握り締める爪先が溝にそうように肉を裂いて、そのくせ痛みはない。滴る鮮血が結果だ。
「アルヴィン」
ガイアスの声が和らぐ。同情でも博愛でも、とにかく何かがガイアスの尖りを曲げさせたのだと思う。体を灼き尽くすのは羞恥と情けなさだ。自分はこんなにも不甲斐ない。怒りに燃えるガイアスを萎えさせるほど自分は情けないのだと。
 踵を返す。前を見ないでドンドンと路地裏へ入っていく。アルヴィンを呼び止めようとするガイアスの声から逃げたかった。ガイアスの声がしない方へ入り込む。後ろは振り向かなかった。振り向けなかった。


 足が止まる。ガイアスの声はもうしない。アルヴィンは震える息を吐いた。
「…――…ッ」
泣き出しそうだと思った。打ち据えられた頬の痛みはそのままアルヴィンの不手際を責め立てる。涙があふれた。情けない。口元が痙攣した。熱い息を吐いて目元を乱暴に拭う。やるせなさばかりが募る。ガイアスの前で泣き出さなかったのがせめてものプライドだ。それでもギリギリであったことは間違いなく、アルヴィンは泣きながら歩いているのか歩きながら泣いているのかすでに判らなくなっていた。歩いているうちに涙が際限なく流れだして感覚は一切が発熱したように判らなくなる。
「――…っふ……」
鼻が詰まる。情けない。自分を殴りつけて貶める考えばかりが浮かんでどうにもならない。もう泣かないとあの日に決めたはずだった。自分の求められた位置を奪われたその日から。奪わせない。奪うものになる。挫折というには激しく自意識を苛む。その位置を奪われた時、アルヴィンは生きている理由さえなくした。
 「――ぅ、ぁ…わ、ぁ…」
にょきりと伸びた手がアルヴィンの口元を抑える。そのまま肩を掴まれて路地へ引っ張りこまれた。恐ろしい記憶が蘇る。襲撃者はアルヴィンをいたぶってから解放した。自尊心の欠片さえ疎ましく思うほど酷い扱いだった。
「アルヴィン」
低い声。ガイアスだった。口をふさがされているので言葉にならない。吐き出す息の熱が口元で凝った。
「はなせ」
「お前は誰かに必要としているといって欲しいだけだ」
ざくりと。突き刺さる。ガイスの言葉が疎ましく憎らしいのはそれが正鵠を射ているから。アルヴィン自身も、そう思っていた。生まれた意味が欲しかった。お前が必要だといって欲しかった。両親という手放しで存在を肯定してくれる二人をアルヴィンはあっという間に失って、その後釜に座った男はそういった機微に疎いか、あるいは意識的にそれを避けた。アルヴィンはあっという間に自分の存在理由を見失った。震える指先がガイアスの指に添えられる。爪を立てるのをガイアスは咎めもしない。痛がりもしない。血が滲むそれをギチギチと裂く。
 「わかってる」
「判っていない」
「わかってる!」
はねつけるようにガイアスの手を振り払う。すぐさま引き戻されて不満を言う暇さえなく唇を塞がれた。アルヴィンの鳶色の髪が冷たい地面をかすめる。潤んだ紅褐色の目をガイアスは真っ直ぐ見つめてくる。ガイアスの紅い双眸も褐色に灼けた皮膚もつややかな黒髪でさえも。二人の交わす口付けを隠す幕のように垂れる黒髪の長さが意図的だ。路地裏での抱擁は誰も見咎めない。まさか最高位にいるガイアスが市井に紛れているなど誰も考えない。人々の暗黙の了解としてガイアス様がこんなところにいるわけがないという認識が、パニックや混乱を避けている。
「…ッ! …ん、ぅ…」
歯列を閉じようとするのに潜り込んだ舌は熱く躍動してそれを許さない。吸い上げられ舐られてアルヴィンの舌や唾液がガイアスの口へ収まっていく。は、ふ、と吐く息が熱く濡れた。
 ガイアスの指先がアルヴィンの頤を撫でる。唇さえなぞられてもアルヴィンは抵抗できない。
「なんで、俺なんか構うんだよ」
「それはお前が求める答えを前提としている問いだな」
アルヴィンが黙った。アルヴィンは自分がいる理由が欲しかった。ゾッとした。アルヴィンはガイアスを使って自分の存在を確かめたいだけだった。
「…――は、あは。あはははは」
ぐしゃりと顔を歪めてアルヴィンが嗤うのをガイスは見ているだけだ。アルヴィンの裡を灼くものがある。ひどく痛い。ひどく辛い。だがそれを無くしたアルヴィンはきっと息さえできないのだ。
「ガイアス、俺は、お前を」

好きでいる自信がないんだ

ガイアスは眉一つ動かさない。紅い瞳を眇めてそうかとだけ言った。凛とした眉筋も鼻梁さえも動かない。感情の在り処さえも生活基盤の変化で失う。もう何を拠り所にするべきなのかがアルヴィンには判らない。顔を伏せるアルヴィンを包み込むように膝や腕で抱きながらガイアスは黙ってアルヴィンの言葉を聞く。否定も肯定もしない。黙って聞く。
 ふわり、とガイアスの手がアルヴィンの目元を覆う。落涙するのを黙って受けた。
「ガイ、アス」
「泣くな。お前に泣かれるのは、辛い」
そのまま腰を抱かれた。ガイアスの腕がアルヴィンの腰を包む。がっしりとしたそれは明確にアルヴィンを守っている。
「大丈夫だ。お前ならば、大丈夫だ」
アルヴィンの四肢から力が抜けた。くたりともたれるアルヴィンの体躯をガイアスは抱きしめたままだ。
「情報屋でいい。過去など問わぬ。俺はお前がいてくれれば、いい」
紅褐色の双眸が収斂する。それでも潤んだ目は落涙しない。ガイアスの手に明確な震えが伝わる。ガイアスは問わない。黙ったまま、アルヴィンのくびれた腰を抱く。

「俺は今の、お前が欲しい」

ぎりっと噛み締める唇が鳴った。あふれる鮮血が黒く走る頤の線を塗りつぶす。どろどろと頤を汚すそれさえガイアスは拭わず唇を撫でた。血で濡れた紅い唇をガイアスは惑いも躊躇もなく吸った。
 潤んで見開かれる紅褐色にガイアスが映る。ガイアスはなんの痛みもこらえもない。伏せがちな紅い瞳。黒い睫毛。アルヴィンの間近にあるそれは間違い無くガイアスの真実で彩られていた。濡れた吐息と唇が触れては離れ、離れては触れていく。
「アルヴィン」
独特の発音が必要な名前だ。それでもガイアスは倦むことも厭うこともなくアルヴィンの名を呼んだ。
「…ぅ、わぁ」
「アルヴィン」
アルヴィンの方から吸い付いた。何度もついばむ口付けにガイアスは何も言わない。アルヴィンが泣きながらついばむ唇をガイアスは薄く笑んだまま受け、吸い上げる。
「――ッ…ふ、わぁ」
上着をくぐり抜けてアルヴィンの腰骨の尖りを撫で、尻の窪みへたどり着く指がある。びくびくと背を反らせるのをガイアスは挑むように唇を寄せて胸の突起をついばむ。布地の上からであるのにガイアスの唇は明確に突起を舐る。くぷぷと入り込む指先のぬめりがアルヴィン自身の弛みだ。震える抜き身の蜜が侵入を助けている。
 「嫌か?」
ガイアスの紅い目がアルヴィンを射抜く。ぶるりと震えるのをガイアスは許容する。頤を汚すのは鮮血ではなく唾液だ。アルヴィンが開きっぱなしの口の端からあふれた唾液が透明な艶を帯びて頤を落ちる。苦い血を洗い流していく。
「嫌であればよす」
ぬるる、と抜ける指先の感触にさえ腰が震える。声を上げるアルヴィンにガイアスは満足気に笑んだ。アルヴィンは快感に震えて潤んだ目でガイアスを見た。
「脱げ」
アルヴィンはとろけた眼差しを向けながら下着ごとズボンを膝まで下ろした。


たぶん君が、好きなんだ



《了》

鼻水が止まらんのよ…誤字脱字チェックがメンド(やれ)     2012年12月3日UP

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